認知症の人に、音楽やアート、手工芸、物語、文化的な活動を届ける。
こうしたCreative Healthの取り組みは、認知症ケアにおいて注目されてきました。一方で、効果が期待できる活動を用意すれば、それだけで必要な人に届くのでしょうか。
2026年に Dementia に掲載されたDarkoらの研究は、ロンドンの南アジア系コミュニティに暮らす認知症当事者と家族介護者の経験を通じて、この問いを考えています。
研究から見えてくるのは、創造的な活動そのものだけでなく、 文化、言語、介護負担、サービスへの信頼、そして「どこで、誰が届けるか」 が参加を左右しているという現実です。
Creative Careを地域医療や在宅ケアの中で実践するうえでも、多くの示唆を含む研究です。
なぜ「文化に合った認知症ケア」が問題になるのか
この研究の導入では、英国における認知症と健康格差の問題が整理されています。
英国では約88.5万人が認知症とともに生活しており、今後さらに増加するとされています。ロンドンは英国でも特に民族的多様性の高い地域で、South Asianを含む少数民族集団も多く暮らしています。
一方、認知症ケアがこの多様性に十分対応しているとは限りません。
南アジア系の人々については、これまでの研究から、
-
言語の障壁
-
認知症に対するスティグマ
-
文化や宗教への配慮不足
-
医療・介護サービスへのアクセスの難しさ
などが指摘されています。
今回の研究が行われたHounslowは、ロンドンの中でも民族的・文化的多様性の高い地域です。論文では、地域の認知症患者は約2,157人、その約31%がSouth Asian backgroundと推計される一方、未診断や適切な支援につながっていない人も少なくないとされています。
問題は、
「サービスが存在するか」だけではなく、「その人の暮らしの中で利用できるサービスになっているか」
ということです。
Creative Healthには可能性がある。しかし、誰に届いているのか
認知症と芸術・文化活動の関係については、すでに一定の研究があります。
論文の導入では、芸術、文化、ヘリテージを取り入れた介入が、
-
気分
-
注意
-
記憶
-
コミュニケーション
-
創造的な自己表現
などを支える可能性が紹介されています。
代表的な先行研究として、Fancourt & FinnによるWHOのarts and healthに関するスコーピングレビューや、Letrondoらによる認知症当事者と介護者を対象としたarts and culture-based interventionsのシステマティックレビューが引用されています。
一方、これまでの研究の多くはWhite BritishあるいはWestern populationsを中心としており、South Asianをはじめとする少数民族集団に、こうした介入がどのように受け止められるのかは十分に検討されていません。Creative Healthの分野そのものにも、参加者や担い手のequity, diversity and inclusionに課題が残っています。
つまり、
「アートが認知症に良いか」
という問いの先に、
「誰に、どのような形なら届くのか」
という実装の問いがあります。
認知症ケアは文化や家族から切り離せない
認知症は医学的な疾患ですが、その受け止め方やケアのあり方は、文化や家族関係から切り離せません。
先行研究では、文化的アイデンティティ、言語、宗教的実践が、認知症の理解や家族によるケアに影響することが示されています。南アジア系コミュニティでは家族によるinformal caregivingの伝統が強く、とくに女性が介護を担うことも多いため、formal careのニーズ自体が見えにくくなる可能性も指摘されています。
Herat-Gunaratneらは、英国のBangladeshi、Indian family carersを対象とした研究で、文化的背景と在宅で家族を介護する経験との深い関係を報告しています。またGreenwoodらのsystematic reviewでも、minority ethnic carersにおけるsocial careへのアクセス障壁が検討されています。
Creative Careについても、
「認知症の人に、どのアートプログラムを提供するか」
だけでは十分ではありません。
その人が何を大切にしてきたのか。誰と行うのか。家族はどう考えているのか。宗教や言語はどう関係するのか。
そこまで含めて考える必要があります。
HHIinD研究は何を調べたのか
Darkoらは、ロンドンHounslow地域でSouth Asian backgroundを持つ認知症当事者と家族介護者を対象に、半構造化インタビューを行いました。
対象は、
-
認知症当事者10名
-
家族・無償介護者12名
の計22名です。
Indian、Pakistani、Bangladeshi、Sri Lankanなどの背景を持つ参加者が含まれました。
インタビューでは、
-
認知症診断の経験
-
医療・介護サービスへのアクセス
-
文化的適応
-
arts / heritage activities
-
介護による影響
などについて40〜90分かけて尋ねています。分析にはBraun & Clarkeのreflexive thematic analysisが用いられました。
これは介入研究ではありません。
「Creative Careが効くか」を検証した研究ではなく、「どのような支援なら実際に利用されうるのか」を当事者・介護者の経験から探った質的研究 です。
見えてきた5つの問題
研究では、以下の5つのテーマが抽出されました。
1.認知症サービスと文化的背景との断絶
参加者からは、宗教に即した情報の不足、言語の問題、生活文化に合わないサービスへの違和感が語られました。
興味深いのは、Punjabi向けのデイセンターのように民族的背景に合わせたサービスが存在していても、本人が利用を拒否する例があったことです。
つまり、
「South Asian向け」というラベルを付けるだけでは、文化的に適切なサービスになるとは限りません。
論文のDiscussionでも、表面的なethnic matchingだけではmeaningful engagementにつながらず、宗教、言語、世代間関係、認知症に対する家族の理解などを含めたco-designが必要とされています。
日本で考えても、「高齢者だから唱歌」「認知症だから塗り絵」という画一的な設計ではなく、
その人が以前何をしていたか、何を大切にしてきたか、何なら“自分の生活の続き”として感じられるか
から始める必要があります。
2.文化的・創造的資源があっても、介護負担によって利用できない
参加者の多くは、芸術・文化活動そのものに否定的だったわけではありません。
むしろ、
-
knitting
-
making pickles
-
arts and crafts
-
storytelling
-
music
-
conversation
など、過去の生活とつながる活動への関心が語られています。
問題は、「参加できない」ことでした。
本人の移動困難や認知機能低下に加えて、家族には、
-
仕事
-
家事
-
付き添い
-
サービスとの調整
-
介護による精神的・身体的疲弊
が重くのしかかっています。
良いプログラムを作り、「ぜひ参加してください」と案内しても、その参加自体が新たな負担になるなら、最も支援を必要とする家族ほど参加できません。
著者らも、単にservice awarenessを改善するだけでは不十分で、介護者の時間、respite、household responsibility、emotional readinessまで考える必要があると論じています。
3.在宅認知症サービスでは、継続的な関係性と信頼が生まれていた
この研究で特に印象的なのが、 home-based dementia servicesへの高い評価 です。
参加者は、自宅を訪問するdementia care teamについて、
-
時間をかけてくれる
-
話を聞いてくれる
-
家族の生活を理解してくれる
-
言語に対応してくれる
-
継続して関係を持ってくれる
と高く評価していました。
さらに、普段は外出やday centreを拒否する人でも、 信頼している看護師が自宅にアート活動を持ってきてくれるなら試すかもしれない 、という家族の語りもありました。
ここから見えてくるのは、介入の成否を左右するのが、
What:何をするか
だけではないということです。
Who:誰が届けるか
Where:どこで届けるか
Relationship:どのような関係性の中で届けるか
も重要になります。
4.診断後の情報不足と、複雑なケアシステムの「ナビゲーション」が負担になっていた
参加者は、認知症診断後のサービスについて、どこに相談すればよいのか、誰が何を担当しているのか、今後どのような経過になるのかが分かりにくいと語っています。
GP、memory clinic、専門チームなど複数のサービスが存在していても、全体としてはfragmentedで、家族自身がそれらを「つなぎ合わせる」必要がありました。
これはCreative Careにも関係します。
新たなサービスを一つ追加するだけでは、すでに複雑なケアシステムをさらに複雑にしてしまう可能性があります。
Creative Careを実装するなら、
「新しいサービスを増やす」よりも、「既存のケア経路の中に組み込む」
という発想が重要になりそうです。
5.障壁は一つではなく、重なっていた
この研究では、認知症ケアへのアクセス障壁を一つずつ独立した問題として捉えていません。
そこには、
-
ethnicity
-
gender
-
language
-
migration history
-
socioeconomic position
-
caregiving responsibility
-
institutional careへの不信
などが重なっています。
著者らはこれをintersectionalityの問題として整理しています。
例えば、通訳を用意しても外出できなければ参加できません。
訪問型にしても、介護者に心理的余裕がなければ利用できないかもしれません。
文化に合わせたとしても、過去のサービス経験から医療・介護そのものを信用できなければ参加にはつながりません。
一つの障壁を取り除くだけでは不十分で、複数の障壁が重なっていることを前提に設計する必要がある。
これがこの研究の重要なポイントです。
では、Creative Careの実装にどう生かすか
ここまでの5つの問題から、いくつかの実装上の示唆が見えてきます。
「芸術家が訪問する」だけではなく、「既存のケアの中に芸術を埋め込む」
Creative Careを医療・介護とは別の独立したサービスとして作るより、 すでに患者・家族から信頼されているケアの関係性の中に組み込む 方が実装しやすい可能性があります。
著者らも、social prescribingやcultural offersを、すでにculturally safeと認識されているcare pathwayにembeddingすることを提案しています。
例えば、
在宅医療・訪問看護
→ 本人の生活歴や興味を把握
→ Creative Careにつなぐ
→ 担い手とケアチームが連携
→ その後の変化を再びケアの中で共有する
という流れです。
Creative Careを「紹介して終わる」のではなく、 既存のrelational careの延長線上に置く わけです。
まずhome-basedから考える
外出、交通、付き添いは大きなbarrierです。
認知症が進行した人ほど、サービス側が本人の生活圏に入っていく方が現実的な場合があります。
「来てもらう」のではなく、
届ける。
今回の研究では、このhome-basedという条件そのものが、参加可能性だけでなく、安心感や信頼とも結びついていました。
在宅は単なる「開催場所」ではなく、Creative Careの重要な実装戦略になりえます。
“認知症向け活動”ではなく、“その人にとって意味のある活動”を探す
標準的な「認知症向けアートプログラム」を一律に提供するのではなく、
-
昔好きだった音楽
-
手芸
-
料理
-
園芸
-
写真
-
語り
-
信仰
-
地域の祭りや文化
-
家族の記憶
などから始める。
今回の参加者にも、knittingや料理、祈り、音楽、会話など、それぞれの生活歴と結びついた活動がありました。
これは単なるpersonalisationではなく、本人や家族とともにつくる co-production の考え方に近いものです。
論文でも、今後のcreative interventionsは家族と共同で設計し、trusted care pathwayの中に置く必要があると論じられています。
医療者が芸術を提供する必要はない
一方で、医療者や介護職自身がアートを提供できるようになる必要もありません。
必要なのは、
医療・介護の担い手と、芸術・文化の担い手をつなぐ仕組み
です。
訪問看護師や医師、ケアマネジャーなど、本人や家族をよく知る人が、
「この人にはどのような活動が合いそうか」
を一緒に考え、適切な担い手につなぐ。
Creative Careの実装では、この つなぎ手 の役割が重要になりそうです。
本人だけでなく、介護者も含めて設計する
今回の研究で繰り返し語られたのがcaregiver burdenです。
本人のための活動でも、介護者に付き添いや移動、準備を求めれば、新たな負担になりえます。
そのため、
-
家族も一緒に楽しめる
-
家族がその時間だけ休める
-
家族自身の話も聞いてもらえる
-
準備や移動をできるだけ求めない
といった設計が必要になります。
本人だけを介入対象とするのではなく、家族を含むcare unitとして考える。
これは在宅でCreative Careを実践する際の重要な視点です。
最初から「効果」だけを測らない
Creative Careでは、QOLや認知機能などの効果指標に注目しがちです。
もちろん最終的には重要です。
一方、実装初期にはその前に、
-
提案された人の何%が実際に利用したか
-
何回継続できたか
-
誰が参加できなかったか
-
なぜ利用できなかったか
-
家族の負担は増えなかったか
-
どのような紹介経路なら利用につながったか
を見ることも重要です。
効果を評価する前に、そもそも届いているかを評価する。
今回の研究は、その重要性を示しています。
この研究には限界もある
対象は一つのロンドン地区に住む22人であり、すべてのSouth Asian communitiesに一般化できるわけではありません。
さらに参加者はcommunity dementia nursesを介して募集されています。そのため、そもそも医療・介護サービスとの接点がない、よりアクセス障壁の大きい人々は十分含まれていない可能性があります。
またインタビューは英語で実施されており、英語能力の低い人の経験が十分反映されていない可能性もあります。
そして何より、これは質的研究です。
home-based creative interventionによって認知症症状やQOLが改善することを、この研究自体が証明したわけではありません。
今回示されたのは、Creative Careの「効果」ではなく、 どのような条件なら受け入れられ、届きうるのか という実装上の手がかりです。
Creative Careを「プログラム」ではなく「ケアの届け方」として考える
認知症に対する芸術や文化活動というと、
「どんな活動が効果的か」
という議論になりやすいものです。
しかし、その前に考えるべきことがあります。
優れたプログラムであっても、届かなければ意味がありません。
そして「届く」とは、単にサービスを紹介することでもありません。
その人の文化や生活に合っている。
家族が無理なく利用できる。
必要なら自宅で受けられる。
信頼している人がつないでくれる。
そこまで整って、初めて介入は現実のケアになります。
Darkoらは、South Asian familiesへの認知症支援について、cultural relevance、relational continuity、carer inclusionを組み込み、home-basedでco-designedなcreative interventionsをtrusted professionalsとの関係の中で届ける必要性を示しています。
Creative Careを実装するときに必要なのは、新しいアートプログラムを一つ増やすことだけではないのかもしれません。
むしろ、
すでにある地域の医療・介護の信頼関係の中に、創造的な活動をどう埋め込むか。
そこから考えることが、より現実的な出発点になりそうです。
参考文献
-
Darko N, Francis E, Keyamo N, Obro L, Tischler V. Hounslow Health Inequalities in Dementia Care (HHIinD): Experiences of South Asian Ethnic Minority People Living With Dementia and Their Carers, and the Role of Arts, Heritage and Cultural Interventions. Dementia . 2026. doi:10.1177/14713012261458559.
-
Fancourt D, Finn S. What is the evidence on the role of the arts in improving health and wellbeing? A scoping review. WHO Regional Office for Europe; 2019.
-
Letrondo PA, Ashley SA, Flinn A, Burton A, Mukadam N. Systematic review of arts and culture-based interventions and their effect on people living with dementia and their caregivers. Dementia . 2023;22(4):734–756.
-
Herat-Gunaratne R, Cooper C, Mukadam N, et al. “In the Bengali vocabulary, there is no such word as care home”: Caring experiences of UK Bangladeshi and Indian family carers of people living with dementia at home. Gerontologist . 2020;60(2):331–339. doi:10.1093/geront/gnz120.
-
Greenwood N, Habibi R, Smith R, Manthorpe J. Barriers to access and minority ethnic carers’ satisfaction with social care services in the community: A systematic review of qualitative and quantitative literature. Health Soc Care Community . 2015;23(1):64–78. doi:10.1111/hsc.12116.
-
Jutlla K. The impact of migration experiences and migration identities on the experiences of services and caring for a family member with dementia for Sikhs living in Wolverhampton, UK. Ageing & Society . 2015;35(5):1032–1054. doi:10.1017/S0144686X14000658.
-
Giebel C. A new model to understand the complexity of inequalities in dementia. International Journal for Equity in Health . 2024;23:160. doi:10.1186/s12939-024-02245-w.
-
Armstrong M, Aker N, Nair P, et al. Trust and inclusion during the Covid-19 pandemic: Perspectives from Black and South Asian people living with dementia and their carers in the UK. Int J Geriatr Psychiatry . 2022;37(3). doi:10.1002/gps.5689.
-
Tischler V, Zeilig H, West J, et al. Culture Box: Lessons from a novel pandemic-responsive intervention for older people with dementia living in care homes. J Epidemiol Community Health . 2022;76(Suppl 1):A55–A56.
-
Wyatt M, Boddington P. Painting as a form of material thinking: Promoting agency and expression for people living with dementia. Journal of Aging Studies . 2025;73:101328. doi:10.1016/j.jaging.2025.101328.
※ 本記事ではAIを情報収集・編集に使用しています。掲載する研究データ、臨床的解釈は医師が確認し、最終編集しています。
編集 bycomet|Small Medicine